上越新幹線の燕三条駅にある「こうばの窓口」(写真=JR東日本新潟支社提供)

「みどりの窓口」ならぬ「こうばの窓口」。上越新幹線の燕三条駅(新潟県三条市、敷地は燕市にもまたがる)には、全国でここだけの窓口がある。売るのは切符ではなく、町工場の技術。ビジネスマッチングなどを目的として2023年2月に開設した「JRE Local Hub(ローカル・ハブ)燕三条」の総合窓口だ。燕市は洋食器、三条市は刃物で有名な金属加工の街だ。

JR東日本は21年に「Beyond Stations構想」を発表。駅を「通過する」「集う」場所から「つながる」場所へと変えていくと打ち出した。22年7月にJR東の新潟支社は三条市と、地方創生と地域経済の活性化に関する連携協定を締結。19年にJR東の旅行センター「びゅうプラザ」が閉店してから長年空きスペースとなっていた区画に、ローカル・ハブが生まれた。

ローカル・ハブには、2つの役割がある。1つ目はコワーキングスペース。燕三条地域には700社を超える金属加工の関連企業が集積しており、首都圏などから訪れるビジネスパーソンは少なくない。ただ、停車する新幹線はおおむね1時間に1本だ。発車までの隙間時間に仕事ができるよう、コワーキングスペース20席、半個室ブース2席、防音個室ブース2席、会議室3部屋を用意。開業から約1年間で延べ2000人の利用があったという。

JRE Local Hub(ローカル・ハブ)燕三条ではコワーキングスペースなどを用意する(写真:JR東日本新潟支社提供)

2つ目がビジネスマッチングだ。こうばの窓口には「ものづくりコンシェルジュ」が常駐し、地元の100以上の工場を紹介できる体制になっている。

JR東の白山弘子・執行役員新潟支社長は「地域にものづくりの技術はあるのだが、工場の1つ1つが非常に小さいので、営業力がなく仕事を取ってこられない。また、技術力があってもデザインがいま一つということもある。首都圏など地域の外からのニーズをかみ砕いてマッチングさせることで、地場産業の安定性を高められる」と意義を語る。

JR東日本の執行役員で新潟支社長を務める白山弘子氏

新幹線の改札を出たらすぐの場所にあるので、取引先への出張の行き帰りにふらっと立ち寄れるのが強みだ。開設から1年で、約100件の商談が寄せられたという。そのうち、23年12月時点で36件のマッチングが成立。「1年目としてはかなり頑張ったと思う」と白山氏は笑顔で話す。

もっとも、JR東が地場産業を熟知しているわけではない。実際に運営を担うのはドッツアンドラインズ(新潟県三条市)。金属加工の町工場が実家という齋藤和也氏が立ち上げたものづくりプラットフォームの会社だ。社名には、地域に点として散らばっている技術と、全国の企業のニーズをつなぎ合わせて線にしていく、という思いが込められている。

JR東と齋藤氏の出会いは、18年までさかのぼる。JR東が実施した「地域にチカラを!プロジェクト」のテーマの1つが「無人駅の活用」。ここに、ものづくりの交流拠点をつくりたいと応募してきたのが齋藤氏だった。これが採用され、20年に信越本線帯織駅(新潟県三条市)の敷地内に「EkiLab(エキラボ)帯織」をオープンした。白山氏は「自分たちは価格が高くていいものをつくれるはずなのに、今のままでは安いものしかつくれず、もうからないから事業を続けられずに町が衰退していく。齋藤氏はそういう危機感を持っている、熱い若手経営者だ」と評価する。

JR東の新潟支社では「帯織駅の事例に続け」と、23年も無人駅をコミュニティー拠点として活用するスタートアップ企業を募集した。鉄道の利用者が減っている駅を、新たなビジネス創出の拠点にしようと取り組みを強化している。

そしてJR東は、自らも地方でのビジネス創出に汗をかく。

雪国の技術がパクチーを育てる

大正時代に機関車の車庫、昭和初期には車両工場が置かれ、「鉄道の町」として発展してきた新津(新潟市秋葉区)。線路の消融雪設備のメンテナンスなどに使われてきた工場の中に入ると、緑の「畑」が広がっていた。

名称は「JREMファーム新潟」。自動改札機やホームドアなど鉄道の機械設備を手がけるグループ会社・JR東日本メカトロニクス(東京・渋谷、JREM)が立ち上げたパクチーの水耕栽培プラントだ。なぜJREMが水耕栽培に乗り出したのか。そして、なぜ新潟で、なぜパクチーなのか。

パクチーの水耕栽培を行っているJREMファーム新潟

JREMの前身の1社である新潟交通機械は長年、線路の消融雪設備のメンテナンスを行ってきた。約10度に加温した水を線路にまいて雪を溶かし、循環させてまた散水するという雪国ならではの設備だ。JREM技術サービス創造部の吉原裕弥・工業化農業プロジェクト係長は「培ってきた水の循環、温度制御などの環境制御技術が、水耕栽培に生かせるのではないかと考えたのがきっかけ」と話す。水耕栽培も、肥料を溶かした水を循環させる仕組みだからだ。16年から検討を始めたという。

レタス、スプラウト、ワサビなど様々な野菜が候補となったが「例えばレタスは参入企業が多く価格競争になっているため、後発かつ小規模では太刀打ちできない」(吉原氏)。パクチーを選んだのは、JR東の紹介でエスニック料理店にニーズのヒアリングに出向いた際に「国内産のパクチーは季節によって産地が変わり、品質が安定しない」という悩みを聞きつけたのが決め手になった。

しかし、パクチーを水耕栽培した事例は少ない。探し当てたのが、玉川大学農学部の研究。18年から同大学と共同研究に乗り出し、味や食感が良くなるために最適な室温、水温、光の当て方などを探っていった。19年に試験プラントでの栽培を始めたが、安定生産にたどり着くまでに2年を要したという。

ただ、技術が完成しても、ニーズがなければ事業にはならない。22年に新潟県内や首都圏の20社以上にサンプルを出し、反応を確かめた。すると「パクチーの割にマイルドな味で、苦手な人でも食べやすい」と高評価を得た。「水耕栽培だと、苦みの成分が通常の4分の1程度に抑えられる」(吉原氏)。事業化を決定し、プラントを増設。23年から「めかぱく」のネーミングで新潟県内の飲食店・スーパーへの本格出荷を始め、24年からは首都圏へも販路を広げた。

プラントの床面積は180平方メートルで、3段の栽培棚が5列並んでいる。収穫できる約30センチメートルの背丈になるまでの日数は42日間。5人のスタッフが週5日、収穫、植え替え、種まきの順に規則正しく作業を進めている。その光景は、植物という生き物を相手にしていることを除けば、まさに「工場」そのものだ。

温度を保ちながら水を循環させる消融雪装置のノウハウが生かされている

JREMは、パクチーの一大栽培事業者になろうとしているわけではない。主眼はプラントの外販にある。吉原氏は「オーダーに応じて設計可能で、栽培品種もパクチーに限らない」と話す。小型化して、飲食店やスーパーの店内に置くことも可能だという。

このように、新潟から鉄道会社の枠を超えたビジネスが生まれてきているのは、鉄道だけでは成長が難しい環境に置かれているからにほかならない。そしてそれは、首都圏、近畿圏など大都市を除けば共通した課題だ。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2024年3月21日の記事を再構成]

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