研究により、生物発光は暗い深海のサンゴのような生物から始まった可能性が明らかになった。写真のミズクラゲ(Aurelia aurita)などが登場するずっと前のことだ。(PHOTOGRAPH BY SHANE GROSS, NATURE PICTURE LIBRARY)

ホタル、藻類、イカなど、光を発する不思議な生きものは数多く存在する。生物発光というこの仕組みは、ただ謎めいた美しさを醸し出すだけではない。自然界で少なくとも100回は独自の進化を遂げてきた能力で、獲物をおびき寄せる、敵を驚かせる、求愛行動に用いるなど、さまざまな使いみちがある。では、生物がはじめて闇の中で輝く能力を獲得したのは、いったいいつなのだろうか?

これまで、生物発光したもっとも古い生きものは2億6700万年前に生息していた貝虫(かいむし、小型の海洋甲殻類)の一種とされてきた。ところが、2024年4月24日付けの学術誌「英国王立協会紀要B(Proceedings of the Royal Society B)」に掲載された論文によると、八放サンゴという深海生物のうち、よく発光するものを調べた結果、その共通の祖先が5億4000万年前の発光生物であることがわかった。進化が加速し、現存する主要な動物のグループが現れた「カンブリア爆発」の時期だ。

八放サンゴの一種(Isadella属)の生物発光。2009年にバハマにて撮影。(PHOTOGRAPH BY SÖNKE JOHNSEN)

「たいへん刺激的で、うれしい驚きでした」。米フロリダ国際大学の深海生物学者で、今回の研究の筆頭著者であるダニエル・デレオ氏は、そう話す。

「生物発光と一般的な光シグナル伝達は、証拠が残されている最古のコミュニケーション形態だったかもしれません。これは予想外の結果でした」

つまり、複雑な生物が誕生したころから、暗い海にまたたく光が存在していたことになる。

ワナにも、合図にも、クラクションにも

生物発光は熱を出さずに光る化学反応で、ルシフェリンという光る物質を必要とする。自力でルシフェリンを作れる生物もいるが、共生生物から吸収したり、外から摂取したりする生物もいる。体内にルシフェリンを含む微生物や藻類を住ませている動物もいる。しかし、ルシフェリンの取得方法によらず、触媒(通常はルシフェラーゼ)とセットになって発光する。光の色は、ルシフェリン分子の配列によって異なる。

発光する生物は、陸上にもさまざまなものがいるが、圧倒的に海中に多い。海洋動物の4分の3は、何らかの形で光を発し、しかも驚くほど多彩だ。

「とても多様で、変化に富んでいます」とデレオ氏は言う。繁殖相手を探していることを示すために光るものもいる。腹をすかせた捕食者が、獲物の目をくらまして動きを止めるために使うこともある。獲物をおびき寄せることもできるし、エサを探すサーチライトにもなる。

カムフラージュ(下腹部を光らせて、輝く海面に溶け込むなど)や、おとり(発光する体の一部を切り離して、捕食者から逃れるなど)のように、防衛手段として使うこともできる。

深海にすむ甲殻類の中には、おもしろい方法で身を守ろうとするものもいる。「驚くと、光る嘔吐物を吐き出すのです」とデレオ氏は言う。

八放サンゴも闇の中で光を発することができる。一見したところ、群体となって固いサンゴ礁を作るおなじみのサンゴに似ているが、八放サンゴは柔軟な構造を持ち、ほかにもいくつかの形態的な特徴がある。

発光の目的については、諸説ある。八放サンゴは深海で移動せずに生きているが、光を使ってエサとなる無脊椎動物をおびき寄せている可能性がある。特によく知られているのは、つつかれると光ることだ。捕食者を驚かせるためかもしれない。

「これは防犯装置仮説と呼ばれています。生物発光によって騒ぎを起こすことで、捕食者の捕食者を呼び寄せようとするのです」と、英サウサンプトン大学の海洋生態学者で、今回の研究には関与していないジョン・コプリー氏は言う。

群体を成すサンゴの一種(Savalia属)の生物発光。2009年にバハマにて撮影。(PHOTOGRAPH BY SÖNKE JOHNSEN)

「これは偶然とは思えません」

発光の目的はともかく、デレオ氏らは、八放サンゴを使って大胆な研究を行った。最古の生物発光を見つける挑戦だ。

そのベースとなったのが、2022年に学術誌「Bulletin of the Society of Systematic Biologists」に発表された、200近い種の遺伝データを使った八放サンゴの最新の詳しい進化系統樹だった。

デレオ氏らはまず、さまざまな系統同士の関係を浮かび上がらせるために、年代がわかっている八放サンゴの化石種を系統樹に追加した。さらに、現存する光る種の枝を追加し、その祖先が発光する確率を統計分析によって割り出した。

そして最終的にたどりついたのが、ほぼ確実に発光することができた八放サンゴの共通祖先が生存していた、5億4000万年前という時代だった。

「この共通祖先が存在していた時代は、かなりの確率で数億年前だろうと考えていました。しかし、ここまで古いとは思っていませんでした」とデレオ氏は言う。

生物発光の歴史がカンブリア爆発までさかのぼれたのは、すばらしい発見だ。コプリー氏は、「このころに生物が目をもちはじめたことがわかっています」と言う。それと同時期に生物発光が登場したというのも、納得できる。「これは偶然とは思えません」

ただし、このころの発光が現在の防犯装置のような目的で使われたとは考えにくい。「この発光は、どちらかというと副産物的なものだったのではないかと考えています」とデレオ氏は言う。別の化学反応によって、意図せずに光るようになったということだ。「しかし、コミュニケーション、つまり光による合図など、重要な機能を担うようになったので、生物発光反応が維持されるようになったのでしょう」

生物発光の起源は、カンブリア期よりもさらに昔にさかのぼる可能性もある。この時代よりも古い化石は非常に少ないので、最初の発光生物の証拠をつかむことはできないかもしれない。しかし、現在のさまざまな生物が光を放つことができ、研究者たちがこの驚くべき能力を研究できるのは、その最初の発光のおかげだ。

「発見すべきことは、まだまだたくさんあります」とデレオ氏は話している。

文=Robin George Andrews/訳=鈴木和博(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年5月2日公開)

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