日が沈むころ、荷を積むために集まってくるトラック=愛知県蟹江町で
200人足りない-。チルド輸送大手ムロオ(本社・広島県呉市)は1月下旬、広島市で関東や中部地方のエリア責任者が集まる会議を開いた。ここで現場が余裕を持って働くために必要な運転手の人数が報告され、幹部に衝撃を与えた。 トラック約1500台、運転手約2千人を抱える同社(1月末現在)。全国80カ所に拠点を構え、生鮮食品や冷凍食品を届けている。遠距離輸送では、途中の拠点で運転手が代わり、運転手それぞれの負担を減らしてきた。 規制強化を見据え、数年前から、運行ルートや便の組み合わせを見直し、ほぼ全ての事業所で社員の残業時間は4月からの規制内に収めている。それでも現場は増員を求める。社の運転手の平均年齢が51歳と上昇している点も気掛かりだ。山下俊一郎社長(48)は「各社でドライバーの取り合いになっている」と打ち明ける。 厚生労働省によると、昨年9月時点でトラック運転手の有効求人倍率は2・12と、全職業平均の約1・8倍。国土交通省は労働時間は全職種平均より2割長く、賃金は5~10%安いと指摘する。神奈川大の斉藤実教授(物流論)は「長時間労働で賃金が低いことが人材不足の根本的な原因」と話す。ムロオのある幹部も嘆く。「物流業界に飛びこんでくる若い人はいない」 1990年の規制緩和で新規参入が増え、競争が激化。賃金の原資となる運賃が下がった。荷主が求める時間に間に合うよう早めに出発し、目的地近くで時間をつぶすといった慣行も続く。斉藤教授は「運転手の労働時間といえば運転時間を考えがちだが、荷待ち時間にも多くの時間を費やしている」と訴える。 政府も低賃金や長時間の荷待ちを問題視。先月まとめた中長期計画で、「標準的な運賃」を平均で8%引き上げ、2030年度までに荷待ち時間を1人当たりで年125時間削減することを目指すとの内容を盛り込んだ。 ただ、「標準的な運賃」に強制力はない。国交省は悪質な荷主への監視や指導を強化するが、その効果は不透明だ。斉藤教授は、4月以降の労働時間の短縮で賃金が下がり、運転手が他産業に流出することを懸念。「物流の現場では荷主が運送会社に非常に大きな負荷をかけてきた。物流を維持するためにはドライバーの賃金を上げることが欠かせず、そのためには荷主が支払う運賃の値上げが必要だ」と指摘する。 全日本運輸産業労働組合連合会(運輸労連)の世永正伸中央副執行委員長も「4月1日はスタートライン。運賃を上げられるよう荷主との交渉に乗り出すべきだ」と求める。 効率化のため安全面の規制も変わる。警察庁は法改正し、大型トラックの高速道路の最高速度を時速80キロから90キロに引き上げる方針だ。これには懐疑的な見方もある。山下社長は「早く届けられるようになるかもしれないが、燃費は悪くなる」と案じる。何より安全性が気になる。 かつて同社のトラックが高速道路上に落としたスペアタイヤがきっかけとなり、事故が発生し2人が命を落とした苦い経験もある。「二度とこうしたことを起こさないように、安全に勝るものはないと考える」。山下社長は言い切る。 非効率な慣行を変え、適正な運賃や安全性をどう確保するのか。物流を取り巻く課題は多い。それでも、山下社長は「きちんと働いて対価を得られる仕組みづくりができるかが勝負。物流の社会的地位を上げたい」と意気込む。(この連載は藤原啓嗣が担当しました)
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