体がもろく、まれに水族館で展示されることがあっても数日間しか飼育できないという「オビクラゲ」。海の泡から生まれた「ビーナス」の名にふさわしい=山口県長門市で、三村政司撮影

 「ビーナスの飾り帯」という、優雅で官能的な日本での呼び名を持ちます。ほんのりと虹色にきらめき、神秘的で不思議な存在です。英語名も「Venus girdle(ビーナスのガードル)」。ローマ神話の愛と美の女神「ビーナス」が由来だそうです。

 正式な和名は、趣に欠けるものの分かりやすい「オビクラゲ」。とはいえ、クラゲではなく、体側に繊毛のようなクシを持つ有櫛(ゆうしつ)動物です。以前取り上げたヘンゲクラゲの仲間で、クラゲが持つ毒針「刺胞」はありません。

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 機会は少ないものの、日本各地の海でも目にすることができます。水温が上昇しはじめ、プランクトンやクラゲが多くなるころ、港の岸壁などでも目をこらせば、「女神さま」を見つけられるかもしれません。今年1月には、和歌山県串本町沖でも観察報告がありました。

 比較的観察しやすいとされるのが、この写真を撮影した山口県長門市の青海島(おおみじま)です。日本海側のため水温上昇のはじまりが太平洋側に比べて遅く、プランクトン類が多くなるのも春から初夏にかけて。地形と海流の影響でプランクトンやクラゲ、「クラゲライダー」と呼ばれるクラゲに乗って移動する小さな甲殻類などが、この島の入り江に集まってくるからです。これらを「浮遊系」と呼び、愛好するマニアックなダイバーがいます。私もそのひとり。青海島は「浮遊系の聖地」なのです。

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 ビーナスは体の中央に口があり、プランクトンや小型甲殻類などを捕らえて食べますが、自ら泳ぐ力は弱く、潮流に流され海表面のすぐ下から水深3メートル程度の表層を漂っています。時々、外敵から逃れようと、うねうねと波打つように泳ぎます。

 天敵はカメやマンボウ、ウマヅラハギなど。行動を共にする他のクラゲや有櫛動物も要注意です。体がもろいため、接触すると簡単にちぎれたり、バラバラになったりします。ビーナスはとてもか弱い存在なのです。

 全長は数十センチから1メートルほど。体色は透明ですが、黄色や紫の斑紋が両端に出たり、体の縁にある櫛板(しつばん)が虹色のネオンのようにキラキラと輝いたりします。

 光を受けての反射で、自ら光っているわけではありません。ゼラチン状で透明の体も、ライトやフラッシュ光、太陽光を浴びて青白く見える場合があります。水中では青色系の色が透過しやすいためです。

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 写真の周囲が真っ黒なのは、ビーナスの体を透かしてきらめかせるため、露出を切り詰め、水中ストロボのフラッシュ光だけで浮かび上がらせているから。「黒抜き」と呼ばれる手法です。

 低感度でシャッター速度をフラッシュ同調速いっぱいまで上げ、絞り値も大きくしています。プランクトンが多いと海水の透明度が落ち、水中は薄暗くなります。でも、昼間の表層近くなのでここまで暗くはありません。ビーナスの妖艶さを見ていただくための技法です。(山口県長門市で撮影)【三村政司】

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